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お引っ越し2015年04月03日

誠に勝手ながら当ブログを引っ越すこととなりました、今まで応援していただきましたが、引っ越し先でも引き続きの応援を宜しくお願い致します_(_ _)_

引っ越し先は下記のULRです。

http://ooitakenbungo.jugem.jp/

アサブロ様には大変お世話になりました。

引っ越し先でお待ちいたしております_(_ _)_


緒方町越生2015年04月02日



お茶畑が綺麗な緒方町の越生地区、主な農地は畑や田圃で

すが、お茶を栽培している農家があって自分の家でお茶を加

工して販売もしています。


そのお茶の販売店の前に史跡があります。


「大渡石造地蔵菩薩像」と呼ばれています、地元の方たちは「両面地蔵」と呼んでいるみたいです。


一枚の岩に線刻された地蔵様は珍しいようで、私も数々の地

蔵様を見てきましたが、このような技法を用いている地蔵様は

初めて見ます。


この地蔵様の横にも珍しい地蔵様が鎮座されています。


こちらも一枚の岩に六体が彫られています、このような地蔵様

も初めて目にしました。


ただ雨よけの屋根はつけていますが、劣化が目立ちます。も

う少し保存方法を考え直していただきたいものです、豊後大

野市の大切な宝ですから。


この越生地区には「瑞光磨崖仏」もあります、


菩薩像と磨崖仏の距離は直線にして700メートル程度でしょう

か、そうしたことを考えると昔の越生地区は信仰の厚かった地

域だったのかも知れません(決して現在が信仰が薄いと言い

たいのではありません)。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

大神惟基2015年03月31日

卒業旅行から3月28日に無事に帰ってきました、山口県・広

島県・島根県と車を走らせ色んな名所を見学してきました。幸

いにも天候に恵まれ、楽しい旅行となりました。上さんも大満

足だったようで2キロ肥ったと嘆いております(笑)


その旅行の様子は後日ご紹介させていただきます_(_ _)_


祖母・傾山系を遠くにのぞめる清川町に「宇田姫伝説」がある

ことは過去にも紹介いたしました、その宇田姫と大蛇の間に

生まれたと言い伝えられているのが大神惟基です。その大神

惟基の神碑があることは余り広く知られていないようです、場

所が少し分かりにくいことも一因なのかも知れません。




簡単に宇田姫伝説を紹介しておきます。

「豊後国の山里に住んでいた娘(「平家物語」では名が記され

ていないが、「源平盛衰記」では塩田大太夫の娘、「九州治

乱記」では藤原仲平の娘、「大神氏系図」では藤原伊周の娘

とする。)のもとに、身元の知れぬ男が毎夜通ってきて、娘は

子供を身ごもってしまった。母に唆されて娘が男の狩衣に糸を

通した針を刺し、その後を付けると、男は祖母山の麓の岩穴

へと入っていく。娘が姿を見せるように請うと、男はついに大

蛇の本身を現す。そして、狩衣に刺したと思った針は、大蛇の

喉元に刺さっており、大蛇は、生まれてくる子供は男児で、武

芸で九州二島に並ぶ者はないであろうと告げ、息絶える。

やがて生まれた子は、大蛇が言うとおりの男児で、祖父から

名を取って大太と名付けられた。成長が早く7歳で元服し、手

足があかぎれでひび割れていたため「あかがり大太」と呼ば

れたという。これが後の大神惟基である。」




さて、大神惟基については諸説あるようですが豊後大神氏の

祖と伝えられているようで豊後大神氏をネットで調べてみると

下記のように記載されています。

「大神惟基」は、三田井氏、阿南氏、大野氏、臼杵氏、佐伯氏、戸次氏
、緒方氏、朽網氏、大津留氏,橋爪氏、高知尾氏、稙田氏、賀来氏、野尻氏、三重氏、田尻氏、野津原氏、高千穂氏、大神氏、堅田氏高野氏、松尾氏、吉藤氏、行弘氏、太田氏、など大神姓37氏の姓祖とされているのである。

中でも阿南氏、大野氏、三田井氏
は、おそらく誕生し900年以上の歴史をもつと見られ、豊後國でも最も由緒のある姓氏である。

豊後大神氏の歴史上の出来事では、豊後國が「大友能直」
に与えられ、建久7年(1196)能直の縁者「古庄四郎重能(フルショシゲヨシ)能直の弟」が豊後國入りした時、大神一族は激しく抵抗した。

なかでも阿南惟家は高崎城(高崎山)に弟の阿南弥次郎家親は戸次庄利光の山に、大野九朗泰基(オオノクロウヤスモト)神角寺城に立て篭もり抵抗したが、豊後國守護職(ブンゴシュゴシキ)に補任(ブニン)任じられた「中原親能(ナカハラチカヨシ)」の派遣した「源壹(ミナモトノサカン)」に誅伐される。但泰基の謀反は、大友文書録建久7年(1196)で当時豊後守護職中原親能に対する抵抗で有ったという。


石碑は漢文で殆ど読めないのですが、所々の文字を読み取

ると上記のような事が書かれているように思われます。


この神碑のある場所は、宇田姫神社から宝生寺方面へ100

メートル程進んだ右側の擁壁上部にあります。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

千歳町前田2015年03月29日



千歳町前田には寺が二軒あります、そのうちの一軒に立ち

寄ってみました。綺麗に手入れされた境内、立派な寺でした。


門徒の方たちが建立している仏様です、全部で数十体、数え

きれないくらいの仏様がいます。その仏様の間を通っていくと

本堂に辿り着きます。


本堂と正対するように「十三佛」が鎮座しています、この十三

佛が歴史的に貴重なようで、この十三佛を撮影したくて寄らせ

ていただきました。本当なら、この十三佛の歴史を住職に伺

おうとおもったのですが、それはかないませんでした。


撮影しているときに住職と顔を合わせることができまして、顔

を合わせるなり「どちらさん?」と問われたので「おはようござ

います、写真を撮らせていただいています。」と断りをいれた

のですが、それっきり無視です(苦笑


いくつかのお寺に寄らせていただき、挨拶をしてきましたが無

視されたのは初めてです。通常なら「それはそれはご苦労様

です、どうぞ撮ってください」っていう返事が返ってくるのです

が。。。


寺のこんな雰囲気が大好きなのですが、住職に追い払われ

る前に退散いたしました。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

三重町「向野」2015年03月28日



三重町の向野地区、ちょっと高台に神社があります。百枝地

区を走っている県道からも見えて、「あそこからのぞむ風景は

どんなものかな」って気にはなっていました。


平野社と呼ばれている神社です、鳥居が鉄で出来ているも

のって初めて見ました、これはこれで貴重です。いつものよう

に周りを見て回って気になったものがありました、これはなん

だろう。。。


わかります?こちらを見ている顔、異様な顔をしています。目

が合ったときにはビックリしましたよ、何がいるんだろうって。

宮崎アニメに出てきそうな、独特の雰囲気があります(苦笑


お姿がこちら、ちょっと猫背ですが。。。

これって狛犬?って思ったりしましたが、本当のことは何も解

りません。今まで見たことがないお姿なので、ちょっと驚きまし

た。


本殿は朱色に塗られていて綺麗です、でも朱色に塗られた本

殿は豊後大野市では数が少ないですっていうか、リフォーム

した時に朱色に塗るのでしょうか。本殿はそもそも朱色に塗ら

れていて、年月を経たら色が落ちてしまうのか。。。


そして平野社から見える風景です、少しだけ空気が澄んでい

たので助かりました。実は左に写っている森林ですが、もう20

年くらい前になるでしょうか、猿がいたのを見たことがありま

す。木が不自然に揺れるので「何だろう」って見たら猿が木を

揺らしていたんです、あのときはビックリしましたよ。三重町で

猿を見たのは、後にも先にもあの一度だけです。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

千歳町「下山」2015年03月26日



千歳町の下山地区に気になる建物がありました「今度見に行

こう」と思いつつ、忘れるの繰り返し(苦笑


建物は昭和の臭いがします、見た感じでは地区の公民館とし

て使われていたようですが、公民館として建てられたのかと

言えば答えは「ノー」になるのかな。


壊れている窓から中を覗くと地区の表彰状などが飾られてい

るので最後は公民館として使われていたのは間違いないよう

です、でも気になったのが三階建ての構造です。


建物の形から見て病院か学校として建てられたようです、そし

て何らかの理由で使うことがなくなって公民館として利用され

たのでしょうか。


地区の方が犬の散歩をしていたので建物の歴史を聞こうと

思って声をかけたのですが、おっさんがカメラを持っている姿

が不審者に見えたのか無視されました(><;)


この建物のすぐ近くに神社もあるので行ってみました。


三島神社です、いつものようにお宝がないか周りを見て歩き

ましたが宝塔の類いはありませんでした。でも気になるものが

ありまして、、、


使われなくなった鳥居なのでしょう、後方に神様が鎮座してい

ます。あちこちの神社で使われなくなった鳥居を見ますが、こ

うした保存方法は初めて見ました。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

犬飼町高津原2015年03月24日



犬飼町の高津原っていう地域に初めて行きました、狭そうで

広い豊後大野市です(笑)


休みになると上さんの軽自動車を借りて今まで入ったことの

ない道を散策するようにしています、どうして上さんの軽自動

車を借りるかというと狭い道路が多いので他の車との離合や

行き止まり(最終的に個人の家が終点の道路)になったときU

ターンするのに便利だからです。


国道や県道は普段から車で走っているので珍しくもないので

すが、そんな広い道路から狭い道路に入ると全く知らない地

域に巡り会えます。


この日も今まで通ったことのない道路を進んでいって偶然に

見つけた石幢です、どんな史跡の場所も車で行けることは最

終的に確認できても初めての時は徒歩で行くようにしていま

す。


史跡巡りを始めた頃、どんなに細い道路でも車で行っていた

のですが、軽自動車の幅ギリギリの道路、しかもガードレー

ルはないし舗装もしていない道路に入り込んで危なく崖から

落ちそうになった経験をしたものですから、それからは広い場

所に車を停めて徒歩で行くようにしました(私も知恵がつきま

した(^_^)v)。


さて話を戻しますが、県の指定する文化財と市が指定する文

化財って、何を基準にしているのか、未だもって理解できませ

ん。


1405年に造立されたものです、名のある方を偲んで造立され

たものでしょう、でも幾度となく書いていますが案内板を建て

て欲しいものです、折角の史跡の歴史がわかりませんもの。


そして、ここに来る途中で見つけたものがあります。帰るとき

に撮影すればいいと思って後回しにしたのですが。。。


こちらは市が指定した文化財です、藤ノ木石幢もそうですが、

この愛宕石幢もお墓の区域の中、若しくはすぐ近くにお墓が

あります。


この愛宕石幢は「柴北下区」に所有権があるようで、石幢の

右下にある白い板に記載しています。所有権を明確にしてい

る石幢は初めて見ました、地区が大事にしているものなんで

しょう。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

土筆2015年03月23日



緒方町の河原で念願の土筆を見つけることができました、

先々週から探し回っていたのですが、護岸工事をした場所が

多くて今年は土筆を見られないのかと諦めかけていました。


それにしても公共工事=護岸工事の自然的影響は間違いな

く大きいようです、昔はあちこちで土筆を見ることができたの

に、現在では探し回らないと見つけることができないなんて。


白梅は散り紅梅が綺麗で、田圃の畦には菜の花が咲き誇り

蝶々も飛び回っています。先週でしたか、ツバメも飛び回って

いました。


春本番の陽気になったと思ったら、今週の前半は寒の戻りだ

そうで寒い日が続くようです。それでも間違いなく春は訪れて

いますから、すぐに暖かい日が戻ってくることでしょう。


気になったのは原尻の滝周辺に植えられているチューリップ

の花が点々と咲いていました、そんな風景も後日お届けしま

すね。


今週一週間は上さんと卒業旅行に出かけます、旅先からいつ

ものように豊後大野市をご紹介していきます。コメ返は少し遅

れるかも知れませんが、どうぞご容赦ください_(_ _)_


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

陽光桜2015年03月22日



ソメイヨシノは蕾の先端がピンク色になって間違いなく今日に

は開花することでしょう、でも残念ながら今日から県外に出る

ため撮影することができません。


実は土曜日に一輪でも咲いていないかと、あちこちの桜を見

て回ったのですが「明日には咲くよ」的な蕾ばかりで開花は確

認できませんでした。


ならばと千歳町の妙覚寺に色んな種類の桜を植えているので

少しだけ期待して移動、すると「陽光桜」が何輪か花をつけて

いましたので撮影してきました。


「やっと春になったぁ」って感じさせてくれる桜の花、ソメイヨシ

ノよりピンク色が強くて、でもボタン桜よりピンク色が薄い陽光

桜です。


桜前線は北上していきます、九州より北の地域でも桜が開花

することでしょう。花見酒もご無沙汰ですね、今年は久しぶり

に桜を見ながら一杯やりますか(笑)


今日はここまで、それではご機嫌よう♪

千歳町「楠神社」2015年03月21日



千歳町の市道なのか林道なのかは定かではありませんが、

散策していたときに見つけた神社です。多くの神社には必ず

と言っていいほど「お宝」があります、金銀財宝ではありませ

んよ(笑)


この楠神社の周りを一周してみると見つけましたよ、お宝を。


神社には歴史的に貴重な史跡があるので神社に行った際に

は周りを良く見てくださいね、ただ残念ながら楠の宝塔に関す

る史料は見つけることができませんでした_(_ _)_


「地神」様です、これも神社によく祀られています。でも気にな

ることが一つ、これは「地神墓」と刻まれているんです。私が

今まで見てきたものは「地神」と刻まれているだけのものです

が、初めて目にしました。色々と調べても「地神」に関しては

記載があるものの、「墓」がつくと全く資料が見つかりません。

また何か解りましたらご報告させていただきます。


今日はここまで、それではご機嫌よう♪
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